女性と子どもの人権が尊重され、共に生きる地域と世界へ
NPO法人エンパワメント福岡
「NPO法人エンパワメント福岡」は、女性と子どもの人権が尊重され、共に生きる地域と世界を目指して、2003年から活動しています。活動の柱は、①女性への暴力防止と支援、②移住女性支援、③国際協力・平和、④子どもの貧困と虐待防止の4つです。女性と子どものためのシェルター運営から子どもの居場所づくり、移住女性の支援を目的とした日本語教室と外国語教室の運営、多言語での相談や通訳の派遣まで、幅広い活動を展開してきました。
辛い状況にいるアジアからの移住女性に寄り添う活動を開始
同団体の活動は2003年、天神に小さな事務所を借りて、「女性エンパワーメントセンター福岡」を設立したところから始まりました。代表の松崎百合子さんは、学生の頃から家庭や社会で女性が差別されることに疑問を抱き、男女が平等な社会をつくりたいと活動していました。そんな中、日本人男性がアジアの女性を求める買春ツアーに大きなショックを受けたと言います。さらに80年代後半になると、結婚やエンターテイナーとして来日したアジアの女性が、パートナーからのDVや店による搾取などで窮地に追い込まれる状況を知り、1988年に「アジアに生きる会」を設立して電話相談などのサポートを開始。97年には「アジア女性センター」を仲間と立ち上げて、九州で初めて民間のシェルターも開設しました。
日本語・外国語教室の運営や多言語相談など、多方面で支援
誰でも気軽に立ち寄れる天神を拠点に支援活動をしようと、2003年に松崎さんらが新たに設立したのが「女性エンパワーメントセンター福岡」です。引き続き、主にアジアの女性たちに寄り添ってさまざまな相談を受けつつ、2004年には「アジアの女性に学ぶ外国語教室」をスタートしました。「移住女性に仕事を提供したくて、彼女たちが講師になり、タイ語やベトナム語など9か国語を学べる教室を開講しました。それまでは支援される側だった女性たちが教える側になり、収入と自信を得る機会になりました」。2006年には、福岡県との協働事業で移住女性のための多言語相談も始めました。
さらに2007年からは日本語教室を開講し、八女市や行橋市など県内10か所に広げました。「移住した女性が日本で生活していくためには、日本語の力が必要です。当時、福岡市と北九州市には日本語教室や相談窓口がありましたが、女性たちは福岡県の津々浦々に住んでいます。国際結婚で田舎の村にたったひとりで来て、日本語が分からないため家族とコミュニケーションを取れず、家事や仕事を強いられ、暴力を受けて、心身の病気にかかることも…。日本語教室に来ると、母国の言葉で話せる相手がいて、涙が止まらない人もいました。日本語を学ぶと共に、つながりを持ち、悩みを分かち合い、安心できる居場所ができたと大変喜ばれました」。
日本語教室を運営するのは、各地のボランティアの方たちです。「日本語教室を創りましょうと募ると、地域によっては100人ほどの応募があり、国際交流の気持ちを持った人がたくさんおられたのです。半年ほどかけて日本語の教え方など10回のセミナーを行い、同時に話し合いながら生徒の募集など開設準備をしました。どの教室もすてきなグループができて開設後は自ら運営されています」と松崎さんは説明します。
これらの取り組みが評価されて、2012年福岡県共助社会づくり表彰「地域貢献活動部門賞」、2014年福岡県男女共同参画表彰「困難な状況にある女性の自立支援部門」賞を受賞しました。
多くの仲間たちと共に、長年にわたり多彩な取り組みを展開
2020年には天神から大野城へ移転し、「エンパワメント福岡」に名称変更。現在は、女性と子どものためのシェルターの運営、不登校や生活が厳しい子どもたちの居場所「スペース虹」の運営、アジア女性の手作り品バザーを中心に活動しています。シェルターはほぼ満室で、これまでに415人を受け入れ、送り出してきました。
実は、松崎さんは2015年から市議会議員を務めており、同団体の活動に専念できなくなりました。しかし、今はボランティアスタッフ20人ほどが取り組みを支えています。「ジェンダー平等を目標に、20代の頃から多くの仲間たちと明るく前向きに活動してきました。孤立して苦しんでいた移住女性に笑顔が戻ったり、シェルターを通して自立していったりと、頑張る女性一人ひとりの姿が力になり、活動を続けることができました。2007年に始めた日本語教室は、今でも9つの地域で地元のボランティアの皆さんが運営してくれていて、うれしく思います。エンパワメント福岡には後継者や資金などの課題があるものの、これからも女性と子どもの権利が尊重される世界を目指して、精いっぱい活動していきます」と松崎さんは穏やかな笑顔で語りました。

